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第060-1話 誘導する罠

Author: 百舌巌
last update Huling Na-update: 2025-03-11 11:42:55

 故障したボイラーを二重構造にして、薬の密輸をしていた組織を強襲した事を思い出したのだ。

 あの時には中に人間も入っていてビックリしたものだ。

『それならひとつ下の甲板にあるが……』

『赤毛のロシア人が出入りしていたか?』

『そこまでは分からない…… 彼らに近づかないようにしていたからな』

『それは賢い判断だ。 ありがとう……』

 部屋を出ていこうとして、ディミトリは振り返った。

『静かになるまで外に出ない方が良いぞ』

『ああ、慣れているさ』

 ロナルドはそう言って片目を瞑った。

 部屋を出て扉を閉めると、上のデッキで走り回る音が聞こえていた。ディミトリを探しているのであろう。

 船員の話を聞いたディミトリは金の探索は諦めた。探す所が多すぎる。アオイがゴムボートで逃げる時間を稼いだら、さっさと逃げ出そうと決めたようだ。

 ディミトリは廊下を走って階段に近づこうとした。すると階段を降りてくる音が聞こえて来た。

(ちっ、機関室に隠れるか……)

 階段を昇るのを諦めて下に降りていった。そして、廊下伝いに開いているドアを探し回った。隠れるためだ。

 すると、突き当りのドアが開いていたので、滑り込むように中に入っていった。

 その部屋には灯りが一つだけ点いていた。そして灯りの中央に椅子があり、元は男だったと思われる死体があった。

 男の遺体は手足を椅子に縛られたまま放置されている。

 裸体を見ると所々が削がれており、手足の指先には釘の様な物が差し込まれた跡が見える。激しい苦痛と恐怖と絶望を経験した後に死んだのは間違いないだろう。

 その表情には死ぬことで開放される喜びを表していたのだ。

(相変わらず拷問を楽しんでやがるな……)

 ディミトリは誰の仕業か直ぐに理解できた。チャイカだ。彼はGRU仕込みの拷問を行う事を得意としていた。

 相手は誰だろうかと一瞬思ったが、人種が黄色い奴ぐらいしか分からなかった。梵字の入れ墨が有ったからだ。

(まあ、得意というより興奮するんだろうな……)

 中々いけ好かない性癖だが、戦場で人の死に接していると何かが外れてしまう事も知っている。

 きっと自分もその一人なのだと、分かっているディミトリには彼の事を責める気にはなれない。

 それに、普段の彼は愉快で明るい奴なのだ。

(……まてよ……)

 そして、ディミトリはある事に気が付いた。

 チャイカは
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  • クラックコア   第060-2話 中身がクズの傭兵

    『何だ? 俺を見ると左目が疼くのか?』「……」 ディミトリの戦友であり本体が死ぬ原因になった男だ。 ユーリイ・チャイコーフスキイ。愛称がチャイカ。左手の指が全て拷問で切り取られている。 前の身体の時には、彼を助けるために左目を失うというハンデも負ってしまった。『まあ、あの時にお前が助けてくれなかったら、俺は死んでいたろうがな……』「……」 ディミトリは怒りに満ちた目で彼を睨みつけていた。だが、銃は構えたままだ。 撃てないのはチャイカの後ろの男たちが、カラシニコフを構えているのが見えるからだ。『昔話はこの辺で良いだろう……』「……」 ディミトリが何も言わずにいると、チャイカは少しだけ肩を竦めた。『お互いにベテランの傭兵だ。 ビジネスの話をしようじゃないか』 チャイカはベラベラと旧知の友人に話しかける感じで喋っている。 多分、コカインをキメているのであろう。彼は薬物依存でGRUを首になっている。『何。 話は簡単だ……』「ソイツは何の話をしているんだ?」 ディミトリがチャイカの話を遮って周りに話し掛けた。「誰か通訳してくれよ……」 銃はチャイカに照準したままだ。チャイカ以外の男たちは顔を見合わせていた。 確かに部屋の中央で日本人の少年が銃を構えているだけだ。 最初に聞いた話では、チャイカの元同僚のロシア人傭兵だったのだ。『コイツはロシア語が出来ないみたいですぜ?』 部下の一人と思われる男がチャイカに進言している。ディミトリは分からない振りを続けていた。 アオイの話では通訳をする男が居たと言っていた。コイツがそうなのであろう。『騙されるな…… コイツは間違いなくディミトリ・ゴヴァノフだ』「俺を逃してくれれば、船の底に隠してある麻薬の事は警察には言わないでおくよ」 切り札を使うのは気が引けるが、まだ駆け引きが出来るか試してみることにした。「十五分以内に船から脱出出来ない時には警察に通報するように女に頼んである……」 もちろん嘘だ。そんな打ち合わせをする暇は無かった。だが、ここに居る男たちは知らない事だ。 するとチャイカ以外の男たちの眼付が変わった。『耳を貸すんじゃない。 ソイツは俺と同じくらいの嘘付きだ』 チャイカ以外の男が思わず笑い出した。『俺には子供にしか見えないんですが……』『それは見かけだけだ…… 

    Huling Na-update : 2025-03-12
  • クラックコア   第061-0話 何も映さない瞳

    モロモフ号。 ディミトリは銃を構えたまま、男たちと睨み合っていた。チャイカの他にAK-47を構えたのが二人居た。 AK-47とは旧ソ連で開発された自動小銃。どんなに悪辣な環境であろうと弾が出る傑作品だ。唯一の問題点は、的に当たらないことぐらいだ。 世界中で模造品が製造されている。彼らが構えているの、その一つだろうとディミトリは思った。「……」 一方、脅された当事者であるチャイカは平気な顔をして泰然としている。何か秘策が有るのであろう。『船の底に隠した麻薬なんて無いよ』 そう言ってチャイカは笑った。どうやら麻薬取引は既に終了しているらしい。『お前がシリアマフィアから掻っ攫った金を返しな』「!」 瞬間。ディミトリの中で失われていた記憶が蘇る。ノートパソコンの画面が浮かんできたのだ。 そう。ディミトリは最後の瞬間まで金の転送作業をしていたのだ。金はもちろん麻薬取引の金だ。 それから、自分の口座の金額がモリモリ増えていくの眺めている記憶も思い出した。(それで狙われていたのか……) 中国人にしろロシア人にしろ、危険を侵してまで自分を追いかけ回す理由が分かった。 麻薬取引であれば結構な金額に成る筈だからだ。『あれは俺の物なんだよ』 そう言えば、事前に金に関する事を言ってきたのはチャイカだった。ノートパソコンへのアクセスの仕方と振込先の口座も彼が教えてくれた。 だが、ディミトリが振込先を勝手に変更したので計画が狂ったようだった。『折角、お膳立てしたのに、お前さんが全部パアにしやがった……』(やはり、あの爆発はお前が仕掛けた物だったのか……) ディミトリが覚えているのは、爆炎が迫ってくる光景の中で逃げようとする仲間たちだ。 自分を吹き飛ばした爆風が収まった時に、自分を見ろしている人物が居たのは覚えている。 それがチャイカだったのであろう。「なんだ…… 拷問でもするのか? 知らないものは答えようがないだろう?」 ディミトリがふてぶてしく答えた。 通訳が翻訳し終えると、チャイカは笑い声をだした。想定済みだったのであろう。『ははは、お前が拷問に慣れているのは知っている』 実際は、ちょっと痛い思いをすると気絶してしまうが、彼は知らないようだった。 最近はイメージトレーニングで凌げるようになったとは言え万能では無い。今の状況では拷問

    Huling Na-update : 2025-03-13
  • クラックコア   第062-1話 捨て台詞

    モロモフ号。 船の底に近い階層からチャイカを追いかけてディミトリは飛び出そうとした。 しかし、彼の耳にコッキング音が聞こえた。後ろからだ。迷わず音のした方に自動小銃を向けての引き金を引いた。 一瞬のためらいは自分の安全を脅かす。兵隊時代には確認してから引き金を引けと言われた。だが、傭兵になった時には引き金を引いてから確認するようになった。そうしないと生き残れないからだ。(あの時だって俺は生き残りたかっただけだ……) ディミトリは戦闘で突入するビルに、窓から中に手榴弾を投げ込んだ。事前に安全を確保する為だ。 爆発した後に踏み込んでみると出鱈目な状態になった子供の死体があった。何で戦闘地域に子供がいるんだという思いと、彼らが腹に爆弾を巻かれている光景も合わさって鬱になってしまった。 それ以来、子供を見ると散らかった死体を思い出してしまうように成る。後にPTSDと診断されたのだ。苦い記憶だった。 そんな兵士として使い物にならなくなったディミトリを励ましてくれたのがチャイカだった。 引き金を引きながら思い出していると、弾幕の中で二人の男たちが倒れていくのが見えた。 しかし、AK-47の偽物とはいえ中の機構は本家と同じだ。フルオートで連射すると五秒も持たないで弾倉が空になってしまう。(しまった……) 久しく扱って無かったのでAK-47の感覚を忘れていたようだった。ディミトリは倒れていた男たちから弾倉を回収した。(引き金の加減を思い出さなと……) 戦線での弾切れは死刑宣告と同じだ。弾切れを気にしないで戦うのは米兵ぐらいなもんだ。(こっちの方角か……) 男たちが居たということは、チャイカはこちらに逃げて行ったであろう方角に目星を付けた。(大きめの船倉区画だったよな……) 貨物コンテナが入っている大きい船倉のはずだ。普通なら追撃を諦める場面だ。 敵の勢力も分からない状態はかなり拙いからだ。それでもディミトリは止めなかった。(俺がどういう手術を受けたのかを聞き出さないと……) それは自分の本体の所在が何処に有るのかと、元に戻れるのかを聞きたかったのだ。 ディミトリは命の危険は感じて居なかった。チャイカは彼が持っている金の在り処を知りたがっていたからだ。(俺から金の在り処を聞き出すまではアイツは諦めないさ) そう考えてフッと笑いだした。

    Huling Na-update : 2025-03-14
  • クラックコア   第062-2話 好みのタイプ

     チャイカは右手に持った拳銃をディミトリに向けた。それは、元傭兵とは思えないお粗末な物だ。ディミトリなら銃を目の前に構えずに目算で撃ちまくる。一発でも当たれば御の字だからだ。 しかし、チャイカは手本取りに銃を構えようとした。ディミトリはすかさず拳銃を撃ち落とす。相手を撃つ時に銃を構える僅かな時間は命取りなのだ。床に転がる拳銃を呆気に取られて見つめるチャイカは、口の中で何かをゴニョゴニョ言っていた。『さてと、二人きりで話をしようじゃないか……』 ディミトリが流暢なロシア語で話し掛けた。チャイカは苦渋の表情を浮かべていた。『死ねよ、疫病神……』 しかし、チャイカは憎々しげに捨て台詞を言い放つと、手すりを乗り越えて海に飛び込んでいった。 チャイカは自分と同じくらいに、ディミトリは拷問が得意なのを知っているのだ。(え? お前は泳げなかったろう……) 唖然としたディミトリは直ぐにその事を思い出した。 直ぐに手すりの所に駆けつけたが、チャイカの姿はどこにも無かった。海面には波紋が広がっているだけだ。 チャイカは追い詰められて逃げていったのだ。『クソがっ!』 ディミトリは憮然としていた。後少しの所で獲物を逃してしまったのだ。悔しくて堪らないらしい。 彼はアカリに電話を掛けた。彼女は待っていたのか直ぐに出てくれた。『若森くん。 大丈夫?』「ああ、大丈夫……」『そう、良かった……』「お姉さんに変わってくれるかな?」『ええ』 電話をしながらもディミトリは海面から目を離さなかった。息継ぎしている所を狙いたかったのだ。 だが、チャイカは海面に出て来る様子は無い。彼も狙われていることを予期していたのであろう。 薄暗い海面ではこれ以上は無駄だと悟ったディミトリは引き上げることにした。「例のロシア人に逃げられてしまったよ……」『君のことを知っているようだったけど……』「誰かと間違えているんだろう」『……』 もちろん、ディミトリの嘘はアオイにはお見通しなのだろう。彼女は黙ってしまった。「俺の尻は白人のおっさんにとって好みのタイプなんだろうよ」『馬鹿……』 ディミトリは適当に茶化してみたが、余り効果はなかったようだ。却って怒らさせてしまった。 そこで、彼女に頼まれていた事を伝えた。「子供は一緒にいるから船の舷門まで車で迎えに来て欲しい」

    Huling Na-update : 2025-03-15
  • クラックコア   第063-0話 後処理

     ディミトリは部屋の中を物色しはじめた。シンイェンが子供なので興味を無くしたのであろう。 それよりも手がかりを探すことを優先したのだ。『お前の名前は?』『ワカモリ・タダヤス』『そう、タダヤスね……』 この部屋には目ぼしい物が無い事を悟ると出ていこうとした。『ふね おりる』『分かった』 ディミトリが言うとシンイェンは大人しく付いてきた。もっとも、ディミトリのシャツの裾を掴んだままだ。 もっとも、彼女には他の選択肢が無い。ここでディミトリに逸れると、嫌な思いをしなければならないと悟ったのだ。 彼女の今後はアオイと相談して決める事にした。警察に頼めない以上は密出国させる事になるが手立てが不明だ。 ディミトリは道すがら倒れている男たちの身体を調べ回った。武器や身分証を持っている袋に入れる為だ。 後でコイツラの背景を調べるのに必要だ。チャイカが逃げた以上は小さな手がかりでも欲しかったのだ。 チャイカの話から中国系の連中がクラックコアを施術したのは分かった。後はどうやったのかと戻れるのかが知りたかった。 それと自分の身体の在り処だ。(金を掻っ攫ったのなら元の身体に戻らないと楽しめないしな……) 自分を狙う理由が分かって心のモヤが晴れた気分だ。 次は中国系の連中をとっちめる必要がある。その為の下準備を始めるつもりだった。 シンイェンを連れて食堂に行くと全員机の下に潜っていた。銃撃戦が始まったので跳弾を避けるためだろう。 外国ではよく見る反応だ。 銃撃戦の中でポケーと突っ立ているのは日本人ぐらいだ。生活の中に銃が存在しないので仕方が無い面もある。『この中に船長は居るか?』 ディミトリが英語で尋ねると、一人の男が立ち上がった。他の者たちはディミトリを注視していた。 拳銃を腰の位置で構えたまま彼に向ける。銃に気が付いた船長は小さく手を上げた。『俺がそうだ』『密輸をやってた連中の仲間か?』 ディミトリは少しホッとした。密輸の仲間なら全員を殺るつもりだったからだ。憂いを残すのは後々トラブルになる。 だが、全員を殺るには弾数が少ないのが心配だったのだ。『俺は違う。 航海士が連中とつるんでいたんだよ』『そうか、あの連中は全員始末した』 ディミトリの言葉に食堂の船員たちはザワついた。 シンイェンはディミトリと船員たちを見比べていた。

    Huling Na-update : 2025-03-16
  • クラックコア   第064-0話 思惑の行方

    車の中。 モロモフ号を下船したディミトリとシンイェンはアカリが運転する車に乗り込んだ。 見知らぬ二人に怯えているのか、シンイェンはディミトリのシャツを掴んだままだった。『ふたり なかま』『……』 ディミトリがそう言うと、シンイェンは二人に軽く会釈をした。「え、若森くんは中国語が出来るんだ」 アカリがビックリした様子で話し掛けてきた。彼女はディミトリの事をヤンチャ坊主だと思っていたのであろう。「簡単な単語を並べることしか出来ないけどね……」「それでも凄いよ。 私はアカリ。 宜しくね!」「私はアオイよ……」『林欣妍(リン・シン イェン)よ。 どうぞ宜しくお願いします』「彼女は宜しくと言っている」 スマートフォンの翻訳アプリを使えば、ある程度の意思疎通は可能だ。 だが、自分で喋ることが出来るのとは違う話だ。『ふたり しまい おまえ くらす』 そう言うとシンイェンは頷いていた。彼女たちが姉妹で、これからシンイェンの面倒を見てくれると理解したようだ。「これから彼女の面倒を見てやってくれ……」「え?」 アオイが戸惑ったような表情を見せた。どうやら助け出した後でどうするのかを考えていなかったようだ。「え…… って、お前が助けろと言うから助け出したんだじゃないか……」 困惑するアオイにディミトリが憮然として言った。 元々、助ける気など無かったので、彼女を故国に返す手立てなど考えてもいなかったのだ。 このまま押し付けられても子供の面倒など見ていられない。「それに中学生の小僧にどうしろと言うんだよ」「……」 都合の良い時には小僧の振りが出来る。中々、便利な立ち場だとディミトリは思っていた。「分かった…… とりあえずは私の部屋に連れて行く……」 アオイはディミトリの言うことも尤もだと思い、自分の家に連れて行くことにしたようだ。 シンイェンの方をちらりと見て、服を買ってあげないようと考えた。粗末な薄汚れたワンピースのままなのだ。「ああ、彼女の親の事や、拉致された経緯などを聞き出せば良い」 その上で、今後どうするか考えれば良いはずだ。 シンイェンの親が警察を頼りたければそうするし、そうでなければ違う方法で帰す手段を考える。「え? 親が警察を頼らない事ってあるの?」「犯罪組織同士のイザコザで誘拐されたって線も有るんだよ……」

    Huling Na-update : 2025-03-17
  • クラックコア   第065-0話 親の商売

    アオイのマンション。 アオイは郊外のマンションを借りていたようだ。引っ越しを急に決めたので、不動産屋に選んでもらったらしい。 四人はひとまず部屋の中に入った。今後のことを話し合う為だ。「広くて明るい良い部屋だね」「ここしか開いていなかったのよ……」「3階建ての三階か……」 ベランダの窓から外を見ながらディミトリが呟いた。「ん? 部屋は良くないの?」「空き巣が一番狙いやすい部屋なんだよ」「そうなの?」「ああ、適度な高さだから住人が窓の鍵を掛けない事が多いせいなのさ」「君は何でも良く知っているのね……」「ネットで読んだだけで、全て知っているつもりのネット弁慶さ」 ディミトリはそう言いながら笑った。もちろん、押し込み強盗をした経験があるのは内緒だった。「んーーー、これが使えると思う……」 アカリが翻訳アプリを動作させてみた。携帯に向かって語りかけてアプリ側で翻訳して音声にしてくれるタイプのものだ。 港から帰ってくる間に、運転をアオイに替わって貰ってから探していたらしい。「こんにちわ」『你好(ニーハオ)』 流暢な中国語が携帯電話から返ってきた。話し合いが捗りそうな予感がしていた。「俺の片言中国語よりはマシだな……」 アプリの翻訳の様子を見たディミトリは、そう呟くと早速シンイェンに質問してみた。『これなら何とかいけるかもしれない……』『貴方の下手な中国語よりマシね』『それ酷い……』『冗談。 助けてくれてありがとう』『どう致しまして……』 シンイェンの表情が明るくなった。意思の疎通が出来るのが嬉しいのだろう。(すげぇ…… 便利な物だな……) ディミトリは技術の進歩には凄いものがあると感じてしまっていた。 所々、おかしい翻訳も有る気がするが、それでも何も出来ない寄りは遥かにマシだ。『貴方は日本の兵隊で特殊部隊か何かなの?』『いや、日本の中学生で帰宅部隊に所属している』『変なの…… クスクス』 シンイェンがケラケラと笑いだした。アオイやアカリも笑っていた。『シンイェンは何処に住んでいるの?』『香港』『親の商売は?』『マフィア』『え?』 ディミトリは思わず携帯を見返した。翻訳アプリが間違えているのではないかと思ったからだ。『マフィアだよ? 日本の盗品を中国で売っていると言っていた』 彼女自身は貿易商

    Huling Na-update : 2025-03-18
  • クラックコア   第066-1話 手荒い連中

    『ところで何で日本にいるんだ?』 シンイェンは香港に住んで居たはずだ。ところが日本の港に停めてある船の中に居たのが解せなかったのだ。『日本の遊園地に遊びに来ていたのよ』『ああ、それでなのか……』 日本に来て気が緩んだ所を拐ったのだろう。 普通、この手の人質は大事にされる物だ。だが、彼女がぞんざいに扱われていたのを見ると、ロシア系の連中は誘拐とは無関係だったのだろう。 帰りの道中で他にも拐われた者は居ないと言っていた。シンイェンが予定外であったのだ。『君を親元に返したいんだが…… どうすれば良いの?』『電話を掛けさせて頂戴』『それは構わないが公衆電話を使ってくれ』『どうして?』『携帯電話は位置の特定が可能なんだよ』『……』『君のお父さんが警察に通報していると、俺達は面倒な立ち場になってしまうんだ』『……』『お兄さんもお姉さんも警察とは仲が悪いんだよ』『……』 シンイェンは部屋に居た三人を順番に見つめた。 香港でもそうだが、一般市民が銃を持っていることなど無い。しかも、彼らはこの手の事に手慣れているようだ。 彼女の拙い経験からも、普通の市民では無いことは明白だった。『分かった』 シンイェンは返事をした。彼らが敵では無いと理解できているだった。 何よりも先の見えない監禁生活から開放してくれた。彼女にとっては彼らは英雄なのだ。 アカリとアオイはシンイェンの服を調達しに出掛けていった。 ディミトリは彼女を連れて近くにあるコンビニやって来た。近所で公衆電話があるのはコンビニだけなのだ。 シンイェンに小銭を渡して国際電話の掛け方を教えてあげた。(公衆電話で国際電話が掛けられるとは知らなかったぜ……) 実を言うとアオイに聞くまで知らなかったのだ。百円単位なのでテレホンカードを用意しないといけないのが面倒だった。『済まないが録音させて貰うよ。 それから余り俺たちのことを詳しく話さないで欲しいんだ……』 電話する彼女の会話を録音する事にしていた。ヤバそうだったら逃げる為だ。 ディミトリは中国語が片言で分かると言っても無理がある。詳しい部分は後で翻訳ソフトで聞こうと考えていたのだ。『わかったわ……』 シンイェンは教えられた通りに電話を掛けた。相手は直ぐに出たようだ。ディミトリはそっぽを向いて聞かない振りをしていた。 電話

    Huling Na-update : 2025-03-19

Pinakabagong kabanata

  • クラックコア   第081-1話 女の正体

    鶴ケ崎博士の研究所。 研究所と言っても洋風の屋敷だった。都内から少し離れた都市に広めの一軒家だ。 鶴ケ崎博士はこの屋敷を住居兼研究所としているのだった。 主要な駅から離れた場所にある屋敷の周りは、人通りも無く街灯だけが唯一の明かりであった。 そんな閑散とした通りを白い自動車がゆっくりと通り過ぎていく。まるで、屋敷の中を伺うかのような動きには、野良猫ですら警戒の目を向けている。 屋敷を通り過ぎ、街灯の明かりが途切れる辺りで白い車は停車した。車を運転していた人物は、車のエンジンを切って静寂の中に何かしらの動きが無いかを探るように辺りを伺っていた。 運転手は黒ずくめの格好をしていた。だが、胸の膨らみは隠せない。女性であろう事は外観で判別が出来た。 彼女は壁を軽々と乗り越え、屋敷の外壁に張り付いた。そして、周りを伺う素振りも見せずに台所の扉に取り付いた。 玄関に向かわなかったのは防犯装置が付いているのを知っているからだろう。 台所に扉を自前の解錠用キットで開けた彼女は台所に有った防犯装置を解除した。こうすると家人が家に居る事になって、警備会社に通報が行かなくなるのだ。彼女は防犯装置に詳しいのだろう。鮮やかな手口であった。 博士は独身だったのか、研究所の中は無人であった。 屋敷に侵入できた彼女は迷わずに二階に向かっていった。二階に博士の研究室があるからだ。 室内に入って中を見回す。様々な専門書が壁一面を埋め尽くしている。 部屋の中央の窓よりの部分に机があった。机の上を懐中電灯で照らし出す。机の上にはノートパソコンが一台あった。 ノートパソコンを開けて中を見たが、目的の物が見つからなかったのかため息を付いていた。そして、机の上を懐中電灯で照らして何かを探している。 やがて、引き出しを開けると外付けのハードディスクがあった。表にガムテープが貼られていて、マジックで『Q-UCA』と乱暴に書かれている。「……」 彼女はそれを手にとってシゲシゲと眺めた。やがて、彼女はそれを自分のバッグの中にしまい込んだ。目的のものを見つけたのだ。 すると、部屋の片隅で何か物音がして部屋の明かりが点いた。「!」 彼女は物音がした方角に厳しい目を向け身構えた。「来ると思ってたよ……」 暗闇から一人の狐の覆面を被った男が進み出て声を掛けて来た。彼女はいきなりの展

  • クラックコア   第080-2話 色々な方面の人気者

    『ワカモリさん。 どうしましたか?』『急で申し訳ないけど、偽造パスポートを都合して貰えないか?』『ワカモリさんは日本人ですから、日本のパスポートをお持ちになった方が色々と捗りますよ?』 日本のパスポートの信頼度は高い。他の国のパスポートでは入国管理の時に念入りに質問されるが、日本のパスポートの場合には簡単な質問のみの場合が多いのだ。 スネに傷を持つ犯罪者たちには垂涎の的なのだ。『ワカモリのパスポートは使えないんですよ』『え?』『色々な方面に人気者なんでね』『ええ確かに……』 ケリアンが苦笑を漏らしていた。ディミトリが言う人気者の意味を良く知っているからだ。 公安警察の剣崎が自ら乗り出してきた以上は、ワカモリタダヤスは逃亡防止の意味で手配されていると考えていた。『分かりました。 少しお時間をください』『どの位かかりますか?』『一ヶ月……』 ディミトリが依頼しているのは偽造パスポートだ。作成するには色々と下準備が必要なものだ。それには時間もお金もかかる物なのだ。『もう少し早くお願いします。 厄介な所に目を付けられているんですよ』『警察ですか?』『公安の方ですね』『分かりました……』 中国にも公安警察は存在する。そこは欧米などの諜報機関に相当する部署だ。ディミトリが傭兵だった時にも、噂話は良く耳にしていたものだ。 荒っぽい仕事をするので海外での評判は悪かったのだ。 日本には諜報機関は存在しない事になっている。だが、日本の公安警察がそれに相当する組織と見なされていた。 もっとも、国内に居る犯罪組織や日本に敵対する組織の監視が主な任務で、海外の諜報機関のように非合法活動で工作などしたりはしない事にはなっている。だが、表があれば裏が有るように、ディミトリはそんな話は信用していなかった。 ディミトリが『公安警察』に目を付けられていると聞いたケリアンは、ディミトリが急ぐ理由が分かったようだった。『では、二週間位見ておいてください』 少し考えていたのか間をあけてケリアンが返事してきた。 偽造パスポートが出来たら部下に届けさせるとも言っていた。ケリアンは香港に居るらしい。日本国内だと身の危険を感じるのだそうだ。『しかし、人気者だとしたら日本から出国する際に、身元の照会でバレるかも知れませんよ?』 日本には顔認証による人物照会を行

  • クラックコア   第080-1話 手駒の思惑

    自宅。 ディミトリは病院から帰宅してから部屋に籠もったままだった。 ベッドに転がって天井を睨みつけながらこれからの事を考えていた。 先日の剣崎とのやり取りで気になったことがあったのだ。 一番はヘリコプターを操縦する姿を撮影されていた事だ。 これは、常に張り付きで見張られていた事を示している。きっと、ジャンの倉庫に連れ込まれてひと暴れしたのも知っているのだろう。『人を撃った銃をいつまでも持っているもんじゃないよ』 剣崎はそう言ってディミトリが持つ銃を持っていった。(そう言えば、あれって弾が残っていなかったじゃないか……) 鞄の底から銃を見つけた時に、弾倉を確認していたのを思い出していた。その後、剣崎がもったいぶって登場したのだ。 あれは狙撃手が銃を手に持ったのを確認していたのだろう。つまり、ディミトリが銃と弾倉を触ったのを監視していたのだ。(指紋付きの銃を持っていかれたんじゃ言い訳が出来ねぇじゃねぇか……) 恐らく、倉庫からジャンの手下の遺体を回収済みだろう。遺体の幾つかはあの銃で撃ったものだ。線条痕と指紋付きの銃を持っていかれたらディミトリが犯人だと証明できてしまう。(こっちの弱みを握って何をさせるするつもりなんだよ……) 剣崎は『公安警察』だと言っていた。自分の知識の範囲内では『日本の諜報機関』との認識だった。(俺の家を見張っていたのも剣崎だったのかも知れないな……) オレオレ詐欺グループのアジトを襲った時に、何故か警察のガサ入れが有った。あれは剣崎の指示でやらせたのかも知れない。 それにパチンコ店の駐車場で暴れた時も、店の防犯カメラがディミトリを映していないも不思議だった。それも、剣崎が『故障』させた可能性が高い。ディミトリの存在を秘匿して置きたいのだろう。(金には興味無さげだったな……) 何度目かの寝返りをうって剣崎との会話を思い出していた。一兆円の金を『端金』と言っていた。 本心かどうかは不明だが、普通の奴とは違う考えを持っているようだ。(まあ、確かに人を殺めるのに躊躇いが無い奴は、手駒にしておくと便利だわな……) 便利な使い捨ての駒が手に入ったと剣崎は考えているのかも知れない。(今どき殺し屋でも無いだろうに……) どっちにしろ、まともに扱われるとは思えない。(人の目を気にしながら歩きたく無いもんだな……)

  • クラックコア   第079-2話 オレンジ色のドットポイント

    「一つは中国系で日本のチャイニーズマフィアと繋がりがある……」(ジャンの所か……)「一つはロシア系で日本の半グレたちと繋がりがある……」(チャイカの所だな……) ディミトリは何も反論せずに剣崎の話を聞いていた。「全員、君が握っている情報に彼らは興味があるそうなんだがな?」「さあ、何の話だかね……」 麻薬密売組織の資金の事であるのは分かってはいるがトボけた。どう答えても面倒事になるのは分かっているからだ。「少なくとも君を巡って二つの組織が動いている」「中年のおっさんにモテるんだよ。 俺は……」「まあ、特殊な性癖を持つ人には魅力的なのかも知れないが私には分からんよ」「そいつらが探しているのが俺だと言いたいんで?」「他に誰がいるんだ?」 剣崎はディミトリの話など興味ないように続けた。「東京の端っこに住んでる中学生が握ってる情報なんて、近所のゲーセンに入っている機種は何かぐらいだぜ?」「それはどうかね……」「俺はその辺に転がっている平凡な中学生の小僧ですよ?」「それは君にしか分からない事かもしれないね…… 若森くん」「あんた……」「前に来た刑事たちとは違う匂いがするね……」「君と同類の匂いでもするのかい?」「……」「君の言う平凡な中学生ってのは、ヘリコプターを操縦できるのかい?」 剣崎が写真を一枚投げて寄越す。ディミトリは受け取らずに落ちるに任せた。足元に白黒写真が落ちた。 そこにはヘリコプターを操縦する若森忠恭が写り込んでいた。「ヘリの操縦の特殊性は理解しているつもりだ。 機体を五センチ浮かせて安定させるのに半年は掛かるんだそうだ」「……」「最近の中学生はヘリの操縦までするのかね?」「保健体育で習ったのさ」 ディミトリは負けじと言い返した。「それともディミトリ・ゴヴァノフと呼んだ方が早いかな?」「……」 ディミトリの眼付が険しくなった。部屋中にディミトリの殺意が充満していくようだ。「あんたも麻薬組織の金が目当てか?」「……」 ディミトリは銃を引き抜き剣崎に向けた。もちろん殺すつもりだった。だが、引き金を引こうとした時にある事に気がついた。 オレンジ色のドットポイントが剣崎の額に灯っているのだ。だが、それは直ぐに消えた。「クソがっ……」 ディミトリの経験上、ドットポイントが意味するのは一つだけだ。

  • クラックコア   第079-1話 男たちの連鎖反応

    大川病院の一室。 ディミトリは退院をする為に起き上がっていた。安静にしていれば肩の骨は繋がるだろうとの診断がおりたのだ。 骨にヒビが入った程度の怪我では長期は入院させて貰えないのだ。他の重篤な患者用に退院させられる。 退院の為に荷物づくりをしているのだ。左手が効かないので右手だけでやっている。 着替えなどを鞄に入れていると、その着替えの入っていた鞄の底に銃があった。(え? 何故?) 銃を手にとってみるとジャンの倉庫から脱出する時に使っていたトカレフだ。弾倉を抜き出して確認してみると、中に弾は残っていなかった。(一緒に持ってきた?) 話を聞いた限りでは、身一つで病院の応急処置室に放置されていたと聞いている。それにこんな物騒な物を持っていたら、警察の方で問題視されているはずだ。(アオイが置いて行ったのかな……) ディミトリが入院している間にアオイはやって来て無い。(病室に自分は来たというサイン?)(いやいやいや…… 普通に書き置きで良いだろ……) これが見つかると拙い立場に立たされてしまう。そういう事を思いつかない女では無いはずだとディミトリは訝しんでいた。(そう言えばお婆ちゃんが玩具で遊ぶのも程々にしろと言っていたような気がする……) 祖母はコレを見て、孫の部屋にあったモデルガンを思い出したに違いない。 そんな事を色々考えていると病室の扉がノックされた。ディミトリは慌ててトカレフを背中に隠した。日課のようにやって来る刑事たちだと思ったのだ。「どうぞ」 返事をすると男が一人入って来た。だが、男は毎日やって来る刑事とは違う男だった。「やあ、若森くん…… 君に事故の事を詳しく聞かせて欲しいんだよ……」「いつもの刑事さんたちじゃ無いんですね……」「ああ、所属先が違うもんでね」 ディミトリは警戒しはじめた。刑事たちの眼付は鋭いが、この男からは違った雰囲気を感じ取ったのだ。 そんなディミトリの思惑を無視するかのように質問をし続けた。「君が道路に飛び出した訳を聞きたくてね」「ちょっと、道路を渡ろうとしただけですよ」「そう…… 君が事故に巻き込まれるちょっと前に、パチンコ店に車が飛び込んで来てね」「はあ……」「運転していた男の背格好が君にソックリなんだよ」「僕じゃ無いですよ」「パチンコ店に飛び込んで来た車は、パチンコ店に併

  • クラックコア   第078-2話 疫病神

     十代の頃に自動車の窃盗で捕まった事がある。その時に、相手の刑事に嘘を並べ立てたがどれも通用しなかった。 最初から全部バレていて全て反論されて自白させられたのだ。 自分では整合性を合わせているつもりでも警察には通用しない。何しろ悪知恵の回る嘘つき相手の商売だ。小悪党の浅知恵など通用しないのだ。 刑事たちを病室の入り口まで見送った祖母は、戻ってくるなりディミトリに尋ねてきた。「タダヤス…… お前は何をしてるんだい?」 祖母はディミトリが無断外泊していた事は言わなかったようだ。ふらりと居なくなったかと思えば、車に刎ねられて病院に入院している。何を考えているのか心配でしょうがないのだろう。 自分はどうやって病院に来たのかと尋ねたら、緊急病室のベッドの上にいつの間にか居たのだそうだ。 幸いタダヤスの顔を知っている看護師が、若森忠恭の事を思い出してくれたらしい。彼は長いこと入院していたのだ。 傷だらけでベッドの上に放り出されていたので騒動になったのも頷ける。それで警察が呼ばれたらしかった。 もちろん、祖母はディミトリの本性は知らない。タダヤスの脳に人工的にディミトリィの魂が埋め込まれているなどと知らせるつもりは無いのだ。それは彼女の為にならないだろう。「ん……」 不意に頭痛がディミトリを襲った。彼の顔がたちまち曇っていった。「痛むのかい?」「ああ、少し横になるよ……」 そう言ってベッドに横になった。この偏頭痛は副作用的なものであるらしい。 無理やり書き込んでいるので、脳の処理が追いつかず肥大化する原因になっていると予測している。脳の活動が活発になりすぎているのだろう。やがて脳が肥大化しすぎて機能停止するとも博士が言っていたような記憶がある。(それって、結構ヤバイ状態じゃないのか?) ディミトリは頭痛の理由が分かり少し焦りを覚えた。今のところはディミトリの人格が現れているに過ぎない。外見的にはタダヤスである。 ディミトリを追いかけ回す連中も事情は知っているのだろう。だから、焦っているのかも知れないとディミトリは思った。 目的はディミトリが持っている資産だ。 それは、中南米の某銀行に預けられている。百億ドル(約一兆円)にもなる金だ。 だから、魂が消えてしまう前にお宝の在り処を聞き出す必要があるのだ。(連中が躍起になって俺を追いかけ回す

  • クラックコア   第078-1話 何処にでも居る小僧

     看護師が出ていくのと入れ替えで祖母が入ってきた。ディミトリが起き上がって居たのにビックリしたようだ。 それでも心配だったのか、優しく声を掛けてきた。「タダヤス…… 大丈夫かい?」「大丈夫」「本当に男の子はヤンチャで困るわねぇ」「心配かけてゴメンナサイ……」 ディミトリは祖母には素直になるのだ。大好きな祖母に頭を撫でられて泣きそうになってしまった。 果たして祖母にどう説明したものかと考えていたら、病室のドアがノックされてどやどやと男たちが入ってきた。 一人は白衣を着ていたので医師だと分かったが、残りの男二人はスーツを着ていた。しかも眼付が鋭い。(こういう眼付の悪いのは刑事と相場は決まってるな……) 医者は頭痛はするかとか、吐き気は無いかとか質問していた。「こちらは所轄署の刑事さんたちだ」 そう刑事たちを紹介した。車の事故が通報されて、刎ねられた若者が連れ去られたと手配されていたのだ。 捜査していると似たような背格好の男が病院に入院しているので調べに来たらしい。「病状が安定してませんので、質問は手短にお願いしますね?」「はい……」 刑事たちが医者に頭を下げると、それが合図だったかのように看護師を従えて出ていった。「やあ、事故の事を詳しく聞かせて欲しいんだよ……」 ディミトリの方に向き直った刑事たちが尋ねて来た。「道路を渡ろうとしたら車に刎ねられたんです」「横断歩道じゃない所だよね?」「ええ…… 信号機の所まで行くと時間が掛かりそうだったので……」 ここで刑事たちは何事か耳打ちをしていた。そして、今の話をメモ書きするする振りをしながら質問を重ねて来た。「誰かに追いかけられていたと証言する人が居るんだけどね?」「いえ、そんな事無いですよ」 やはり何人かに目撃されて居たようだ。まあ、パチンコ店に車で突っ込んだのだからしょうが無いことだろう。「当日、パチンコ店に車が激突してたんだが、運転していたのは君にソックリだと言われているんだけどね?」「車の免許は持ってないですよ?」「目撃者の証言する年格好が同じに見えるだけどね?」「さあ、そう言われてもね…… 見ての通り何処にでも居る小僧ですよ?」 パチンコ店には至る所に防犯カメラが有るはずだ。それにディミトリが映っている筈なのだが刑事たちの歯切れが悪い。 ひょっとしたら、

  • クラックコア   第077-2話 上書き保存

    (まあ、上書きされるのだから消えてしまうのだろうな……) 一家は全滅するわ脳は乗っ取られるわで、ワカモリタダヤスは地球上でもっともツイテナイ奴だったようだ。(しかし、見ず知らずの小僧に上書き保存されているのか……) 何だかパチモンのUSBメモリーに保存された、違法ソフトの気分に成ってきたのだった。「最近、偏頭痛が酷くないかね?」「ああ、失神してしまうぐらいに手酷いのが襲って来るよ」「その偏頭痛は副作用的なものだな」「……」「他人の脳に無理やり書き込んでいるので、脳の処理が追いつかず肥大化しはじめとるんじゃ」「すまない。 人間に優しい言葉にしてくれ……」「脳の活動が活発になりすぎている。 なら良いか?」「ああ……」「やがて脳が肥大化しすぎて機能停止してしまうかも知れんな…… ふぇっふぇっふぇ……」 博士がそう言って力無く笑い声を出した。「そうか…… じゃあ、元に戻るには自分の身体が必要と言うことだな?」「……」 ディミトリは相手に書き込みが出来るのなら、元に戻すことも出来るのではないかと考えたのだ。 それで博士に質問してみたのだが彼は俯いて黙ったままだった。「?」「……」 ディミトリは振り返って博士を見た。項垂れている。明らかに様子がおかしい。「博士?」「……」 アオイが博士の身体を揺さぶってみたが反応は無い。 彼女は博士の首に指を当てて呟いた。「死んでるみたい……」 博士は椅子に座ったまま絶命していた。シートの下に血溜まりが見えている。 ヘリコプターが飛ぶ時の銃撃戦の弾丸が腹部に命中していたのだった。「くそっ、肝心なことを言わずに……」 一番聞きたかった所を言わずに博士は逝ってしまったようだ。 ディミトリの自分探しの旅は終わりそうに無かった。見知った天井。(うぅぅぅ…… ここはどこだ?) ディミトリは眩しそうに目を開けた。眩しいのは自分の頭上にある蛍光灯のせいのようだ。 だが、視界が定まらないのかグルグルと部屋が回っているような感覚に襲われている。いつもの既視感である。(くそ…… またかよ……) どうやら、お馴染みの大川病院であるようだ。 ディミトリはジャンたちが使っている産業廃棄物処理場にヘリコプターを着陸させた。ここなら無人であると思っていたのだが、考えていた通りに誰も居なかった。ヘリコ

  • クラックコア   第077-1話 斜め上の努力

    ヘリコプターの中。 ディミトリたちを載せたヘリコプターは川沿いに飛行を続けていた。普段、見慣れないヘリコプターが低空飛行をする様子を、川沿いの人たちは驚きの顔を向けていた。 操縦席にディミトリ。後ろの席に博士とアオイが乗っていた。「なぁ博士。 クッラクコアって手術はどうやるんだ?」 ディミトリが後部座席に座っている博士に質問をした。何か話をして気を紛らわさないと痛みに負けそうだからだ。「簡単に言えば、人の脳に他人の記憶を書き込む手術のことだ」 博士が素っ気無く答えた。アオイが吃驚したような表情を浮かべていた。「そんな事を出来るわけが無いだろ」 ディミトリは笑いながら答えた。普通に考えて滑稽な話だからだ。「じゃあ、今のお前は何なんだ?」「……」 そう言われるとディミトリも困ってしまった。何しろ自分は東洋の見知らぬ少年の中に居るからだ。 魂とは何かと言われても哲学や医学の素養が無いディミトリには無理な話だ。「世間が知っている技術では出来ないというだけの一つの話に過ぎないんじゃよ」 そう言って博士はクックックッと笑った。 どうやら博士は他にも色々と問題のありそうな手術をした経験がありそうだ。(ドローンの盗聴装置の話みたいだな……) ロシアのGRUに居た友人の話で、ドローンを使った盗聴装置の話を聞いたことがある。 ドローンからレーザー光線を出し、それがガラスに当たった振幅を解析する事で、部屋の中の会話を盗み聴きするヤツだ。既に実用化されていて、今は人工衛星を使っての同種の装置を開発しているのだそうだ。 これ一つ取っても科学技術の進歩の凄まじさが伺えるようだ。(犬に埋め込んだ盗聴装置もあったしな……) 生物の代謝に伴うエネルギーを電源に使うタイプの盗聴装置だ。これだと長い期間動作が可能になる。 これが対人間相手の技術なら、その進歩はもっと凄いことになっていそうだとディミトリは思った。「科学の世界には、表に出てない技術が山のように有るもんだよ」「クラックコアもその一つなのか?」「もちろんだとも」 人間の記憶というのは神経細胞のシナプスに化学変化として蓄えられている。その神経細胞を構成するニューロンの回路としてネットワーク化される。無限とも言える変化の連続を、人間は記憶と呼んでいるのだ。 そして、記憶と記憶を結びつける行為を

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